東京地方裁判所 昭和34年(行)76号 判決 1964年2月13日
原告 株式会社三橋
被告 東京国税局長
訴訟代理人 河津圭一 外四名
主文
浅草税務署長が、原告に対する昭和二七年度の法人税につき昭和三二年一一月二七日附を以てなした更正決定並びに被告が昭和三四年三月三一日附を以て原告の右更正決定に対する審査請求を棄却した決定はいずれもこれを取消す。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「浅草税務署長が原告に対する昭和二七年より昭和三〇年に至る各年度分の法人税につき昭和三二年一一月二七日附を以てなした更正決定並びに被告が昭和三四年三月三一日附を以て右各更正決定に対する原告の審査請求を棄却した決定はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和二六年一月二五日設立された金属製玩具の製造販売を業とする会社である。
二、原告は青色申告手続により浅草税務署長に対し昭和二七年度分より昭和三〇年度に至る法人税につき左記上欄記載のとおり確定申告をなしたところ、同税務署長は左記下欄記載のとおり更正決定をなした。
確定申告
更正決定
年度
確定申告提出日
所得金額
日時
更正金額
差額金
昭和
二七年度
昭和
二七、一一、二九
二九五、一〇〇円
昭和
三二、一一、二七
一、一七八、二〇〇円
八八三、一〇〇円
二八年度
二八、一一、三〇
七九五、五四三
一、一四三、三〇〇
三四七、七五七
二九年度
二九、一一、二九
六四一、三二八
三二、一一、二八通知書受領
二、六五二、九〇〇
二、〇一一、五七二
三〇年度
三〇、一一、二九
九七〇、四〇〇
三、三六五、五〇〇
二、三九五、一〇〇
(但し右に何年度とあるのはその前年の一〇月一日よりその年度分の九月三〇日まで)
三、そこで原告は右各更正決定につき昭和三二年一二月一八日同税務署長に再調査請求をしたが、昭和三三年三月一二日棄却され、同月一七日通知書を受領したので、同年四月五日被告に審査請求をしたところ、被告は昭和三四年三月三一日附を以て昭和二七、二八年度分については請求を棄却し、昭和二九、三〇年度分については一部取消、一部棄却の決定をなし、原告は同年四月一二日その通知書を受領した。
四、しかしながら、浅草税務署長のなした前記各更正決定並びに被告のなした右各審査決定にはつぎのような違法がある。
(一)、青色申告の場合課税標準もしくは税額を更正するにはその通知書に理由を附記するを要し(法人税法第三二条)、また、再調査決定および審査決定にも通知書に理由を附記しなければならない(同法第三四条、第三五条)。この場合右の理由には、承認した帳簿に基き具体的に明示することを要するのであるが、本件において、浅草税務署長のなした前記各更正決定にはその通知書に何等の理由の記載がなく、また、同税務署長の再調査決定書には、単に当初の更正が相当である旨記載し、被告の審査決定書には、審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査すると、再調査決定には誤りがないとか、誤りがあるので一部取消すとかという趣旨の記載があるのみで、いずれの決定にもその内容を明らかにした具体的理由が表示されていない。従つて前記各更正決定および被告の審査決定は、右のような手続上の瑕疵があり、すべて違法というべきである。
(二)、つぎに、法人税法第三一条の二によれば、更正処分は確定申告提出期間後三年を経過した後はこれをなすことができないのであるが、本件においては、昭和二七年度および昭和二八年度分についてなされた前記各更正決定は、確定申告提出期間(昭和二七年度は同年一一月三〇日、昭和二八年度は同年一一月三〇日)後三年以上を経過した後になされた処分であるから、当然違法であり、右処分を認容して原告の審査請求を棄却した被告の審査決定も違法である。
五、よつて、原告は、浅草税務署長のなした前記各更正決定および被告のなした前記各審査決定の取消を求める
旨陳述し、なお、本訴においては、更正された金額の内容についての違法は主張しない旨釈明し、
被告の主張に対し、
一、青色申告承認の取消と、その取消処分が更に取消されるに至つた経過が被告主張のとおりであることおよび昭和二八年度分以降の本件各更正決定並びに審査決定が被告主張の頃取消されたことは認めるが、その余の被告の主張事実はすべて争う。
二、浅草税務署長は、原告の昭和二七年度分の確定申告を青色申告と認めてその承認の取消処分をなし、これに対する再調査請求においても、なお青色申告として取扱つている。被告は、原告の青色申告の承認申請書が昭和二七年九月に提出されたことを根拠に、同年度は青色申告ではなかつたというが、当時は青色申告制度の発足当初で、この手続による申告が奨励されていた頃であり、申請書の追完も認められていたのである。そして、同年度の申告が青色申告として承認されていたことは、同税務署長が申告の控として受付印を押捺した青色申告用紙を原告に交付したことによつても明らかである。被告が青色申告承認申請書が提出されていないという形式上の不備に藉口して同年度の申告が青色申告でないというのは明らかに誤りであり、法律上到底許されないものと信ずる。
三、被告主張の富士銀行浅草橋支店の預金は、いずれも原告の財産ではなく、原告が右預金口座を利用して所得を隠ぺいした事実はない。なお法人税法第三一条第一項但書による更正は、専ら詐偽、不正の行為によつて課税を免れた分についてのみなされ得るにすぎず、三年の期間経過後は、その然らざるものについてまで更正が許されるものではない。けだし、同法による期間後の更正は詐偽等による不正脱税を捉えようとする手段であつて、政府の更正期間の徒過を保護しようとするためのものではないからである。また本件においては詐偽による更正額と然らざる分の更正額が不明であつて、昭和二七年度分の本件更正処分は右の点においても違法たるを免れないものである。
と述べた。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並びに被告の主張として、
一、請求原因第一項の事実は認める。第二項の事実は、昭和二七年度の申告が青色申告手続によつたとの点を否認し、その余の事実は認める。但し、昭和二七年度分ないし昭和二九年度分に関する処分の通知は、いずれも再更正処分の通知であつて、それぞれ、その以前に当初更正がなされている。第三項の事実並びに第四項の事実中更正処分の通知書に理由が附記されていないこと、再調査決定書、審査決定書にそれぞれ原告主張のような理由が記載されていること、および昭和二七、二八年度の各更正決定が確定申告提出期間後三年を経過してなされていることは、いずれも認めるが、爾余の点は争う。
二(一)、原告は昭和二八年分以降の法人税について、昭和二七年九月浅草税務署長に青色申告承認申請書を提出し、同月二四日受付けられたので、同税務署長は同年一〇月三〇日これを承認することゝし、その頃原告に通知した。従つて、原告は昭和二八年分以降青色申告をしたものである。
(二)、同税務署長は原告の確定申告に対しつぎのとおり更正処分をなし、その頃原告に通知した。
a、昭和二七年分
1、確定申告(白色申告) 所得金額 二九五、一〇〇円
2、当初更正(二七、一二、二一) 〃 七三六、七〇〇円
b、昭和二八年分
1、確定申告(青色申告) 所得金額 七九五、五四三円
2、当初更正( 〃 ) 〃 九〇九、七〇〇円
二九、二、二八
c、昭和二九年分
1、確定申告(青色申告) 所得金額 六四一、三二八円
2、当初更正( 〃 ) 〃 七七八、七〇〇円
三〇、二、一〇
(三)、しかし、その後同税務署長が調査したところによれば、原告の備え付ける帳簿書類に取引の一部を隠ぺいしており、当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足る不実の記載があると認められたので、同税務署長は法人税法第二五条第八項第三号の規定により、原告に対する青色申告の承認を、昭和三二年一一月二七日付を以て取消し、同月二八日原告に通知した。ところが原告は同年一二月一六日同税務署長に再調査の請求をなし、昭和三三年三月一二日付同月一七日到達の通知書を以て棄却されたので、更に被告に対し同年四月五日付審査請求をなした。そこで被告において調査したところ、原告に対する青色申告の承認は昭和二八年分以降であるにかゝからず、同税務署長の前記承認取消は、青色申告の承認のなされていない昭和二六年分以降の承認を取消していたので、被告は昭和三四年三月三一日右税務署長の青色申告承認の取消処分を取消す審査決定をなし、同年四月一二日原告に通知した。
(四)、しかして、同税務署長は、前記青色申告承認取消と同時に昭和二七年分ないし昭和二九年分を白色申告として原告主張の本件更正処分(再更正処分)と昭和三〇年分に対する本件更正処分をしたのであるが、右青色申告承認取消しの取消処分により、昭和二八年分以降は再び青色申告として復活し、同年度分以降の右各更正処分は理由の附記を欠くことゝなつたので、被告は昭和三四年一一月二七日同年度分以降の本件各更正処分と、これに対する被告の各審査決定を取消したが、昭和二七年度分は、当初から青色申告でなかつたので、同年分の更正処分および審査決定はこれを取消さなかつたのである。
三、以上の経過により明らかなように、
(一)、原告が本訴において取消を求めている昭和二八年分以降昭和三〇年分の各更正処分および審査決定は、既に被告において取消したので更に取消の対象とならない。
(二)、昭和二七年度分については、もともと同年度は青色申告の承認がなされていなかつた当時であるから、更正処分をなすについても理由を附記する必要はなく、また浅草税務署長が同年度の確定申告期限後三年を経過した後更正処分をしたのは、原告が売上の一部を殊更帳簿に登載せず、別に、原告の代表者の妻の旧姓を用いた吉田愛子名義の富士銀行浅草橋支店の普通預金口座(昭和二七年九月三〇日現在高四四一、四八〇円)原告の従業員であつた平川辰夫名義の同銀行支店の普通預金口座(同日現在高一六八、〇二六円)を設け、これに右収入金を預け入れてその所得を隠ぺいし、過少の法人税申告をなし詐偽、不正の行為により法人税を免れていたことが判明したので、同税務署長は法人税法第三一条の二第一項但書を適用して本件更正処分に及んだものであつて、いずれにしても、同税務署長のなした同年度の更正処分および被告の審査決定には原告主張のような違法の点はない。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、原告が原告主張のような会社であること、昭和二七年度分より昭和三〇年度に至る法人税につき、原告がその主張のような確定申告をなしたところ、浅草税務署長が原告主張のような更正決定をなしたこと(但し昭和二七年度分が青色申告によつたという点を除く)、これに対し、原告主張のような再調査請求および審査請求の手続がなされ、被告が原告主張のような審査決定をなしたことは当事者間に争がない。
二、被告は、昭和二八年度分以降の更正決定並びに審査決定は既に取消された旨主張し、右各処分が昭和三四年一一月二七日取消されたことは当事者間に争がない。ところで、行政処分の取消訴訟においては、取消の対象となる処分が存在することを要するものであつて、もし、訴訟の係属中訴訟の目的たる処分が行政庁によつて任意取消されたときは、その取消が当然無効である等特段の事情のない限り、更に取消された行政処分の取消を求める利益は失われたものと解すべきである。しかして本件においては、右のような特段の事情を認むべき証拠はないから本訴請求中原告が昭和二八年度分以降の更正決定並びに審査決定の取消を求める部分は理由がない。
三、そこで、更正決定並びに審査決定の適否について判断する。
原告は昭和二七年度の更正決定並びに審査決定は、通知書に、適法な理由の附記がないから違法である旨主張し、右各決定の通知書に適法と思われる理由の附記がなされていないことは、被告も明らかにこれを争わず、また、被告が本件において、同種の案件である昭和二八年度分以降の更正決定並びに審査決定を通知書に理由の附記がなかつたとして取消していることからも明らかなところである。しかるに、被告は、右年度の原告の確定申告は、青色申告ではなかつたから理由の附記を要せず、この点において違法の点はないと主張するのに対し、原告は、同年度の申告は青色申告であつたと主張して争うので、この点につき審案してみると、被告の自ら主張するところによつて明らかなとおり、浅草税務署長は、昭和二七年度の本件更正決定をなすに当り、原告の昭和二六年度以降の確定申告が青色申告であると認定し、まず同年度以降の青色申告承認の取消処分をなしたうえで更正決定をなし、被告の審査決定も右承認が取消された状態においてなされているのであるが、被告は、青色申告の承認の取消に対する不服申立において、昭和二六、二七年度は青色申告の承認がなされていなかつたから、浅草税務署長が同年度以降の青色申告の承認を取消したのは誤りであるとし、右承認の取消処分全部を取消し、結局昭和二八年度以降は青色申告に復活することゝなつたゝめ、同年度以降の更正決定並びに審査決定には通知書に理由を附記しなかつた瑕疵が生ずるに至つたとして、前記のとおり、同年度以降の更正決定、審査決定はこれを取消したけれども、昭和二七年度分は、もともと、青色申告でなかつたから理由の附記を要しないというのである。そして、被告が右のとおり、昭和二七年度の原告の確定申告が青色申告でないとする根拠は、昭和二六年一一月二九日受付られた原告の昭和二七年度分確定申告書が白色の申告用紙でなされている点(乙第一号証)、昭和二六年九月二三日附中間申告書の用紙は青色用紙でなされているが欄外に白色と肩書されている点(乙第一六号証)および青色申告承認申請書が、昭和二八事業年度分以降に該当する昭和二七年九月二四日に受付けられている点(乙第二号証)にあることが、証人中村清の証言によつて認められ、これ等の証拠だけによるときは、一応原告の青色申告は昭和二八年度以降であつたといえないでもないが、本件においては、つぎに述べるような反対の事情が考えられるので、右の証拠によつて、直ちに、昭和二七年度の原告の確定申告が青色申告ではなかつたということはできない。すなわち、昭和二六年当時は、青色申告制度が実施されて間もない頃で、税務当局において納税を青色申告手続によるよう広く納税者に呼びかけていたことは公知の事実であるところ、当時青色申告用紙と白色申告用紙との使用区分が必ずしも厳格でなかつたことは、原告の前記中間申告書(乙第一六号証)の肩書に白色と記載されて青色申告用紙が使用されていることおよび成立に争いがなく、白色申告用紙を使用した原告の昭和二七年度の確定申告書(乙第一号証)の控として交付されたものと認められる甲第五号証が青色申告用紙であることから窺われるし、また、右のように同じ青色用紙である昭和二六年九月二三日附中間申告書に白色の肩書があるのに、同年一一月二九日の確定申告書の控にはそのような記載がなされていないことから、或いは、原告代表者本人(第一回)の供述するように、当時書面によらない青色申告の承認申請に対し承認がなされ、事後の追完が認められる等寛大な取扱いがなされていたのではないかと推察されないでもなく、さらに、法人税法基本通達三三〇によれば、青色申告書の提出につき承認を受けた法人は、その承認を取消されるまでは、承認の効力は失われないからその承認を受けた事業年度後の事業年度毎に申請書を提出する必要はないが、もし、承認を受けた事業年度後の各事業年度毎に申請書を提出した場合にはその申請書は法人税法第二五条第三項の規定による申請書に該当しないものとする旨定め、数度の申請書の提出される場合を予想した規定を置いていること、右申請書は、同条により一応要式行為と考えられるが、承認については常に書面等による明確な行為がなされるとは限らず、いわゆる、みなし承認がなされ(同条第六項)、中村証人の証言によれば、現に本件においてもみなし承認によつて処理されていることから考えると、乙第二号証の青色申告書提出の承認申請書の存在だけからは、昭和二八年度以降の分が青色申告であるとは確定できても、昭和二七年度が青色申告ではなかつたとは必ずしもいえないうえに、青色申告であるかないかは、税務当局にとつても、納税者にとつても重要な事項であるから、その認定も通常明確な根拠によつて慎重にされるものと考えられるところ、浅草税務署長は昭和二七年度の原告の確定申告を青色申告と認定してその取消をしているのにかゝわらず、(もつとも、同税務署長は昭和二六年度も青色申告として取消していて、同年度が青色申告でなかつたことは、原告代表者本人(第一回)によつて認められ、同年度を青色申告と認定したことは明らかに誤認であるが、同年度分を誤認したからといつて、昭和二七年度の認定も誤認であるとはいえず、また昭和二六年度が青色申告でなかつたからといつて、昭和二七年度も青色申告でなかつたといえないことはこれまでに説明したところである)、被告は、浅草税務署長のした右取消しが誤認に基くかどうか、誤認とすれば、その原因は奈辺にあるかについて明確な調査確認をしていないことが前記中村証人の証言によつて認められるので、被告が、前掲証拠のみによつて、昭和二七年度の原告の確定申告を青色申告でなかつたと断定したことには、疑問の余地なしとしない。そして、右の証拠の外には、同年度の原告の確定申告が青色申告でなかつたと確認するに足る十分な証拠はない。以上認定の事情にある本件では昭和二七年度原告の確定申告は青色申告であつたとして取扱うのが適当と考える。(被告は、浅草税務署長のなした青色申告承認の取消処分を取消したことに伴い、昭和二八年度以降の更正並びに審査決定を通知書に理由の附記を欠くとの理由により取消した際、昭和二七年度分の更正決定並びに審査決定についても、同様の理由により当然これを取消すのが公正妥当な措置であつたと考えられるのに被告が同年度分は青色申告でなかつたと断定し、従つて、同年度分については違法の点はないとして取消しをしなかつたのは、二重の誤りを犯したものといわざるを得ない。)
以上の次第で、本件において、昭和二七年度の原告の確定申告が青色申告として取扱うべきものとすれば、被告が浅草税務署長のなした青色申告の承認の取消処分を取消した以上、同署長のなした同年度の本件更正決定並びに被告の審査決定は、通知書に理由の附記がないという点において違法の瑕疵を具有するに至り、適法な処分ということができないから、爾余の争点について判断するまでもなく、右更正決定並びに審査決定は違法として取消を免れないものというべきである。
四、よつて、原告の本訴請求は、昭和二七年度の原告の法人税につき、浅草税務署長が昭和三二年一一月二七日附を以てなした更正決定並びに被告が昭和三四年三月三一日附を以てなした審査決定の取消を求める部分に限り正当としてこれを認容するが、その余の請求は理由がないから失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九〇条を適用して主文のとおりに判決する。
(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)